奇跡の日めくりカレンダー【日々実践編】9日の言葉

【生まれた時は少し不平等、20歳を過ぎたら誰もが平等!】

〜対人恐怖症・赤面症・パニック障害の私だった!〜

超虚弱体質で生まれた私は、対人恐怖症・赤面症・パニック障害、35歳頃にはうつ病で2年間、殆ど記憶がない私の人生だった!(1分間スピーチもできなかった私)

札幌市東区の玉ねぎ農家の長男として生まれたが、冬はマイナス20度以下、朝、目が覚めたら『布団の横に雪が積もっている家』だった!

白米を食べられる日は、お正月、お盆、誰かの誕生日だけ真白いご飯が食べられた!(毎日麦ご飯)

3町歩の畑を耕すのは、農耕馬だったが、小学高学年の時に、父は脳梗塞で畑仕事ができなくなって、365日、学校に行く前に農耕馬一頭のブラッシング、エサ、水、塩を与えて、馬糞を出してから学校に行く毎日でした!

3月28日生まれの私は、生まれた時から虚弱体質で、ビタミンBが作れない体だった!

ビタミンBが作れない私は、冬の朝、目がさめると、上唇と下唇が切れて血だらけで、上下の唇がくっついていた!(温たたかいタオルで蒸して、口が開く状態だった)

ビタミンBが作れない私は、小学生の頃から週に2度は私立病院に行ってビタミン注射を打って生きてきた!

記憶力が極端に悪くて、通知表は22222ばかりだった!

北大や札幌医大で検査しても、35歳頃まで原因がわからない病気で苦しんで、うつ病にもなり人生のどん底だった時に、たまたま丸山敏雄先生の【万人幸福の栞】と、ナポレオン・ヒル先生の【巨富を築く13の条件】に出会い、実験・実行・実証・実践しはじめた!

その時、35年以上前に決めたことは【喜ばれる存在になる】ことだった!

その時決めたことは、毎月10冊、毎年120冊、10年間で1000冊以上の本を読むことだった!(約5,000冊は読んできた)

私の病気は、食源病だから、食べ物を改善すれば治ると言われ、食事改善をはじめた!

20歳を過ぎたら、誰もが平等なことを体験した私は、63歳で定年した時は【仕事もお金も健康も自由自在】になった!

63歳から更に2時30分頃には起きる朝起き実践をした結果、私たち夫婦、二人の子どもとの関係、二人の子ども達の生活、仕事、お金、健康面のすべてに問題や憂いがなくなった!

63歳からは30年計画でNPO法人キッズ・ドリーム・パートナーズを通じて児童養護施設の子ども達にすべてを捧げられる毎日が実現した!