【一日一生の心で生き切る!】
〜明日も来週も来月も来年もない〜
明日も来週も来月も来年も、誰も保証されていない事実!
※明日も来週も来月も来年もあるとの生き方は、40年前に捨てた私です!
【死に方】を意識した毎日が【一日一生の精神・心】になる。
※今日、死んでも悔いのない生き方を40年前に意識した私です!
※母親の死に方、生き方が更に生き方・死に方を意識した!
※母親は普通の主婦だと思っていたが、お葬式の時に、だだの主婦ではない生き方だったと知った!
※お葬式の会場が人とお花で一杯だった!
※母親は60歳から200坪もの畑を借りて、無農薬野菜をたくさん作って多くの人に届け続けていた!
※母親は生涯病院には行かない、一切薬を飲まない生き方だった!
一日一生の精神・心を考えると……
※目が覚めた時の精神・心で決まりませんか?
※目が覚めた時に『喜んで起きている』のか、イヤイヤながら起きているのか?
※目が覚めた時に感謝して起きているのか、不足・不満・義務で起きているのか?
※朝一番の起き方と、朝一番の行動で人生は決まっていませんか?
一日一生の精神・心で生き切るには、『自己管理』が必須では?
※病院に通いながらの生き方では、一日一生の精神・心で『楽しめない』のでは?
※病院に通うということは、明日も生きたいという精神・心が残っているのかも・・・
※一日一生の精神・心の生き方は、健康管理(自己管理)ができている人が可能な生き方では?
■たった一度の人生だからこそ、定年後は一切生活のためには働かないで、家族を満足させて、更にボランティアで一日一生の毎日を過ごしませんか?